僕の聖士會館

 出会い

 大学を卒業し新入社員だった頃、会社のM先輩が空手道場に通っていることを聞いた。僕
は野球をやっていたので別に気にも留めなかった。しかしある時、そのM先輩に空手をやって
みないかと誘われた。僕自身空手は全く興味がなかったし、未知の世界であったのですぐ断っ
た。しかし見学だけでもいいから来いと言われ、断りきれず強制的に道場へ連れて行かれてし
まった。

 道場に入ると、M先輩は空手着に着替え練習に加わってしまった。僕はどうすればいいのか
解らず、ただぼーっと道場の隅に立っていた。暫くするとM先輩が慌てて走って来た。先輩に
連れられて誰だか解らない人の所へ行った。するといきなり、「お前は挨拶もできな
いやつかー」と怒鳴られた。いきなりのことでびっくりしてしまい、この怒っている人は誰
で、僕は何をしでかしてしまったのだろうかと訳の分からない状態だった。

 これが一条先生と最初の出会いだった。
 後で思えば、一条先生は「挨拶」という一番大切な事を、絶対に忘れられない形で僕に教え
てくれた。今はとても感謝しているが、当時は初対面の僕にいきなり怒鳴るとは、なんて気の短
い人なんだと思った。

 第一印象も怖かったが、稽古中も怖かった。稽古中動きが鈍くなると大声が飛んできた。怒
られないよう、ただひたすら稽古についでいくのが精一杯だった。先輩達も怖かった。多少容
赦してくれていたのだろうが、稽古後足を引きづったり、腕が上がらなくなったりして帰った事が
あった。先輩に「空手で体が壊れても、治療で治せばよい」と簡単に言われたことを覚えてい
る。いくら聖士會館の治療が優れていても、好きこのんで怪我はしたくない。ましてや安心して
怪我が出来ると言われても困ってしまう。空手は今まで経験した中で一番きつく、厳しいものだ
った。
  
 空手の稽古は厳しかったが、次第に友達も出来、先輩達にも打ち解け楽しかった。

  
  
 しかし、転職したことにより仕事が忙しくなり、無断欠席が続き脱会してしまう。
 
 

  偶然の出会い

 草野球は空手を辞めても続けていた。空手を辞めて2・3年経っていただろうか?高師の緑
地公園で試合があったので、駐車場で仲間と集まっていた。すると、一条先生が御家族と一緒
に車から降りてくるではないか。びっくりしたが、御世話になったお礼を言いたくて駆け寄ってい
った。すると、僕のことを忘れずに覚えていてくれた。一条先生は昔と何も変わっていなかっ
た。偶然会えた事がとても嬉しかったことを覚えている。
  

  幸運な出会い

 高師の緑地公園で会ってから2・3年経っていただろうか?仕事で名古屋に行く為、新幹線
の乗車待ちをしている時だった。(普段、めったに新幹線には乗らないのだが・・・)
 すると、一条先生に似た人が近づいてくるではないか。まさか、とは思ったが見慣れたTシャ
ツ、ジーパン、ヘアスタイル、間違いなかった。
 挨拶すると、僕のことを忘れずに覚えていてくれた。そしてなんと、一条先生と一緒に名古屋
まで行かせて戴いた。先生はこれから大阪へ出張とのことだった。
 車内では色々お話しをさせて戴いた。昔の話、当時の稽古生の話などさせて戴いた。そして
コーヒーまでご馳走になった。なんだか胸が一杯で、あの時のコーヒーの味は格別だったのを
覚えている。

 

 空手で一条先生と出会い、そして辞めてからも又聖士會館に戻ってこれたことは幸運だ。聖
士會館は、清い心を持った人の集まりである。知らない人でも必ず挨拶がある。会う人全てが
言葉遣いがなっている(下品でなく丁寧な話し方)し、礼儀正しい。当たり前の事か・・・ そんな
中にいると自然と素直な自分がいるし、気持ちが安らいでくる。

 今僕は聖士會館を通して、自分らしい生き方を勉強している。自分という人間は派手さはな
い。これといった才能も見当たらない。でも夢や希望に向かっていると、そんなことはどうでも
良くなる。如何に自分の幸せを見つけれらるかだ。どんな些細なことでも幸せを感じられれば
楽しい人生だ。例えば、草花を見て素直に綺麗だと思える心、人が喜んでいるのを見て幸せに
成ったり、又は人を喜ばせる事によって自分も幸せになる。自分の欲に囚われることなく、人
に信頼され、感謝の気持ちを忘れない、そんな常に大きさを感じさせる人間に成りたいと思う。

 聖士會館は一条先生を始め、いろいろな人が夢に向かって自分を磨いている。その為みん
な輝いてみえる。

 このWEB PAGEでは、自分の体験したことについてなどの思いを書いていきたいと思いま
す。

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